📌 結論・ポイント(3行要約)
- 被害の未然防止を目指す仕組み:重大なサイバー攻撃の兆候を通信情報の分析で捉え、攻撃に使われるサーバーなどへのアクセス・無害化によって被害を防ぐ。2022年12月の国家安全保障戦略で導入の方針が示された。
- 2025年に法制化:「重要電子計算機に対する不正な行為による被害の防止に関する法律」(令和7年法律第42号)と関係法律の整備法(第43号)が2025年5月に成立し、段階的に施行されている。
- 独立機関による統制:通信情報の取得やアクセス・無害化措置は、原則として独立機関「サイバー通信情報監理委員会」の承認を要する(緊急時は事後通知)。
1. 能動的サイバー防御(ACD)とは何か
能動的サイバー防御(ACD:Active Cyber Defense)は、サイバー攻撃を受けてから対処するのではなく、平素から攻撃の兆候を把握し、重大な被害が生じる前に攻撃元のサーバーなどに対処する考え方です。
従来の日本の対策は、ファイアウォールや侵入検知による受動的な防御が中心でした。国家の支援を受けた攻撃集団(APT)による政府機関や重要インフラへの攻撃が深刻化するなか、2022年12月の国家安全保障戦略で、欧米主要国と同等以上の対応能力を目指して能動的サイバー防御を導入する方針が示されました。
2. 2025年に成立した法律の仕組み
政府は2025年に関連法案を国会に提出し、同年5月に成立しました。施行は段階的で、独立機関の設置は公布から1年以内、法律の主要部分は1年6か月以内、通信情報の利用に関する部分は2年6か月以内に、それぞれ政令で定める日とされています。
【表1】サイバー対処能力強化法・整備法の主な制度
| 制度 | 概要 | 主な担い手 |
|---|---|---|
| 基幹インフラ事業者の届出・報告 | 重要な電子計算機を導入する際の届出や、サイバー攻撃による被害が生じた際の報告を義務付ける。 | 基幹インフラ事業者/事業所管大臣・内閣総理大臣 |
| 通信情報の取得・分析 | 外国と国内の間の通信(外外・外内・内外通信)を、攻撃の検知・分析のために取得する。自動的な選別で機械的な情報に絞り込む。 | 政府(サイバー通信情報監理委員会の事前承認が原則) |
| アクセス・無害化措置 | 攻撃に使われるサーバーなどにアクセスし、プログラムの停止などで被害を防ぐ。国外のサーバーが対象の場合は外務大臣との協議が必要。 | 警察(サイバー危害防止措置執行官)/自衛隊(特に高度に組織的・計画的な攻撃) |
| サイバー通信情報監理委員会 | 委員長と委員4人で構成する独立機関。通信情報の取得の承認や継続的な検査、無害化措置の審査を行い、国会に定期的に報告する。 | 独立機関 |
3. 主要国との比較
【表2】主要国のサイバー防衛体制(概要)
| 国 | 主な機関 | 攻撃元への対処の考え方 |
|---|---|---|
| アメリカ | サイバー軍(USCYBERCOM)、NSA、CISA | 国外の攻撃拠点に先回りして対処する「前方防衛(Defend Forward)」を掲げる |
| イギリス | 国家サイバー部隊(NCF)、GCHQ | 法的な枠組みの下でサイバー作戦を実施 |
| ドイツ | 連邦情報技術安全庁(BSI)、連邦軍サイバー・情報空間軍 | 攻撃元への反撃(ハックバック)には慎重な議論が続く |
| 日本 | 国家サイバー統括室(内閣官房)、警察、自衛隊サイバー防衛隊 | 2025年の法制化で、独立機関の統制の下でのアクセス・無害化措置を制度化 |
4. 残る論点
- 通信の秘密との関係:憲法第21条が保障する通信の秘密との調整が最大の論点でした。法律は取得の対象を外国が関わる通信に限り、独立機関の承認と自動選別を組み合わせていますが、運用の透明性をどう確保するかが引き続き問われます。
- 国外サーバーへの対処:他国にあるサーバーへの措置は国際法上の主権との関係が問題になり得るため、外務大臣との協議が必要とされています。
- 人材と体制:警察・自衛隊・政府機関で、高度な技術を持つ人材をどれだけ確保・育成できるかが実効性を左右します。
5. 法律が成立するまでの経緯
【表3】能動的サイバー防御の法制化の流れ
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2022年12月 | 国家安全保障戦略に能動的サイバー防御の導入を明記 |
| 2023年1月31日 | 内閣官房に「サイバー安全保障体制整備準備室」を設置 |
| 2024年6月7日 | 「サイバー安全保障分野での対応能力の向上に向けた有識者会議」が初会合 |
| 2024年11月29日 | 有識者会議が提言をとりまとめ |
| 2025年2月7日 | 関連法案を閣議決定し、国会に提出 |
| 2025年4月8日 | 衆議院で一部修正のうえ可決(与党に加え、立憲民主党、日本維新の会、国民民主党が賛成) |
| 2025年5月16日 | 参議院で可決・成立(5月23日公布) |
| 2025年12月23日 | 法律に基づく基本方針を閣議決定 |
法律は2本からなります。新しく制定された「重要電子計算機に対する不正な行為による被害の防止に関する法律」(サイバー対処能力強化法)と、警察官職務執行法や自衛隊法など関係する法律の改正をまとめた整備法です。衆議院での審議では、野党の多くも賛成に回り、幅広い合意のもとで成立しました。
6. 自衛隊の役割と政府の体制
アクセス・無害化措置は、原則として警察が担います。警察庁長官が指定した「サイバー危害防止措置執行官」が、攻撃に使われているコンピューターにアクセスし、攻撃のためのプログラムを確認・消去するなどの措置をとります。
自衛隊が措置にあたるのは、特に高度に組織的・計画的な攻撃の場合です。内閣総理大臣がこうした事態を認定し、国家公安委員会の要請または同意と、サイバー通信情報監理委員会の承認を得たうえで、警察と共同で措置を実施します。対象には、自衛隊や在日米軍が使うコンピューターへの攻撃も含まれます。
政府の体制も強化されました。内閣のサイバーセキュリティ戦略本部は、内閣総理大臣を本部長とし全閣僚が加わる組織に改められ、事務次官級の「内閣サイバー官」が内閣官房に新設されました。司令塔の事務局として「国家サイバー統括室」が置かれ、重要インフラの統一的な安全基準づくりなども進めています。
7. 企業への影響
電力、通信、金融、交通など、国民生活に欠かせないサービスを提供する事業者のうち、政府が指定する「特定社会基盤事業者」(基幹インフラ事業者)には、新たな義務が課されます。
- 導入時の届出:重要なシステム(特定重要電子計算機)を導入する際に、所管大臣と内閣総理大臣に届け出る。
- 被害の報告:そのシステムへのサイバー攻撃を検知したときは、所管大臣と内閣総理大臣に報告する。報告義務に違反した場合の罰則も設けられた。
- 情報共有の協議会:基幹インフラ事業者やITサービスの提供事業者などが参加する協議会で、政府が把握した攻撃の情報を共有する。協議会で知った秘密を漏らした場合も罰則の対象となる。
政府から提供される秘密性の高い情報を扱うため、民間側にも、重要経済安保情報保護活用法に基づくセキュリティ・クリアランス(適性評価)を持つ人材が一定数必要になると指摘されています。
8. 関連装備・政策へのリンク
9. 公的出典・参考資料
- 笹川平和財団 国際情報ネットワーク分析 IINA「能動的サイバー防御関連法案が成立へ――新領域横断安全保障の実現に向けて」2025年4月(spf.org)
- innovatopia「サイバー対処能力強化法の基本方針が閣議決定」2025年12月24日(innovatopia.jp)
- 内閣官房「サイバー安全保障に関する取組(能動的サイバー防御の実現に向けた検討など)」(cas.go.jp)
- 内閣官房「重要電子計算機に対する不正な行為による被害の防止に関する法律(令和7年法律第42号)」説明資料(cas.go.jp)
- 「サイバーセキュリティ戦略」令和7年12月23日(cyber.go.jp)
- 防衛省「国家防衛戦略・防衛力整備計画」2022年12月(mod.go.jp)
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